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先般、あるテレビ番組で「除夜の鐘は人によっては騒音なので止めました」とのコメントを耳にした。何故「除夜の鐘」は風物詩から騒音になったのであろうか。三十年程前までは、正月三が日は「掃除をしない」「水仕事をしない」「無駄遣いをしない」との雰囲気がまだあり、人々はその禁止事項をクリアするために忙しく準備をし、「間に合った」とか「駄目だった」とか言いながら正月を迎えていた。それが個人的には「らしさ」であると思っていたが、現代では、正月禁止事項もどこ吹く風、平気で元旦から旅行や買い物や食事に出かける。当然、それらの人々を受け入れる業種の関係者は、正月は休日ではなくなり、出勤前夜に鳴り響く「除夜の鐘」は騒音ということになるのだろう。
人は「眼・耳・鼻・舌・身」からの情報に対して「好き」「嫌い」「どちらでもない」との意思を持ち、その意思の決定に悪影響を与える感情が「貪り・怒り・愚かさ」である。仏教ではこれらを根本煩悩と言う。今年は酉年。「とり」とは具体的に「鶏」のことであり、「鶏は三歩も歩くと忘れる」と言われることから、煩悩の一つである「愚かさ」を表す生き物とされる。「人間らしい」生活が好ましいと分かっていても、煩悩に流されてそうできない「愚かな私」であると深く自覚し、西方極楽浄土に思いをはせ、念仏相続出来る酉年でありたい。 |
| (住職) |
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