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貧乏な母であった。その母を助けたいと思い、少年は江戸に向かった。相撲とりになり、横綱に出世して母を助けようと思ったのである。だが少年は途中で路銀を使い果たし、ある宿場で行き倒れになってしまう。それを宿屋の二階から見ていたのが宿屋の女中のお蔦である。お蔦は少年をかかえおこして励ます。
「おまえ、おっかさんがいるんだろう。おまえがここでくじけたら、おっかさんがどんなに悲しむか。それ以上の不幸はないよ。親に心配をかけてはいけないよ」
お蔦はそういって少年を励まし、「これを路銀におし、と櫛、笄などの財産を少年に与えた。少年は他人の情に泣きながら江戸に向かって相撲とりの道を歩きはじめる。
だが、世の中は皮肉なものである。少年は横綱を目ざしたはずなのに、ふと気づいたらヤクザの用心棒になり下がっていた。毎日、切った、はったの日暮らしである。だが、そんな日暮らしをしながら片時も忘れられないのは、見ず知らずの自分を励まし、路銀まで与えてくれたお蔦のことである。「姉さんに会いたい、会いたい」・・・この一念がおさえがたく、ある日、少年はお蔦に会いに行くのである。その時、お蔦一家は大困難の中にいた。地元のヤクザとトラブルをおこして、一家は命を狙われていたのである。家の周りをヤクザからとり囲まれているところに少年がきた。その有様をみて少年はお蔦一家を背中にかくまい、一本刀を抜いて言うのである。
「姉さん、早くお逃げなせえ。十年前に櫛、笄、巾着ぐるみ意見をもらった姉さんへ、せめて見てもらうワシの、しがねえ姿の一本刀土俵入りでござんす」 |
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少年の名は駒形茂兵衛、長谷川伸作「一本刀土俵入り」という小説の主人公である。
つい先日まで文壇に長谷川伸という作家がいて大活躍していた。だが、今日では、その名を知る人も少なくなった。彼の作品は今日では大衆文学として、いささかの冷笑をもって迎えられる傾向がある。だがそれは見下すべき問題ではないと思う。そこには人間と動物のちがいが明確に示されている。受けたご恩は忘れない。そんな時、心から拍手をおくったのが我々の祖先だった。知恩、報恩、感恩に涙する。それが日本人の心の原風景だった。
ただ一ツ、恩の説かれ方に問題があったことは否めない。親の恩、先生の恩、先輩の恩といったように、恩が一方通行のかたちで説かれていた。恩は一方通行ではない。それは往復でなければばらない。親の恩があれば、「子の恩」がある。先生の恩があれば「生徒の恩」がある。先輩の恩があれば「後輩の恩」があるのである。
いずれにしても恩を感じ合うことのできるのは人間だけで、これが人間と動物を区別する分岐点になることは、いつの時代でも変らない。いや、変ってはならない。 |
| (閑院) |
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