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1995年1月17日、私は阪神大震災で最愛の息子・大志を失った。1才半の短い命だった。私自身も重傷を負い、気づいた時はベッドの上だった。突然のことで子どもを失った状況を正しく把握することができず、感情もなく、ただそこに在るというだけの状態だった。昼夜の感覚もなく、ただ時間だけが残酷に過ぎていくと言う感じだった。そうした中で今まで蓄積されてきた記憶がバラバラと音をたてて消滅しはじめた。あゝ、人はこのようにして廃人になっていくのかと思い、それならそれでもいい、忘れてしまえるならそれでいいとベッドの上で私は四六時中、投げやりな思いに包まれていた。
久我さんという菩薩さまのような涼しい目元が印象的な婦人に出会ったのは、そんなある日のことだった。久我さんも震災で足に重傷を負い入院していた。今まで一度も会ったこともないのに、地震で同じような目にあい、同じ病院に入院しているというそれだけの理由で、懐かしいような、うちとけた気持になった。久我さんから「お約束ごとの話」を聞いたのはそんな時で、それがもはや何事にも反応を示そうとはしなくなっていた私に生気をよびもどす結果になったような気がする。
久我さんは私に言った。
「人はね。誰でも生まれてくる前に神さまとひとつの約束をして生れてくるのよ」
生まれる前の大志に神さまは言った。
「生れても1年半の命しかないぞ」
すると大志は答えた。
「それでいいのです」
すると神さまはおっしゃいました。
「その約束はもう変えられないぞ」
大志は言いました。
「はい、たとえ1年半の命で地震で絶命することになっても、私はあの両親から生れたいのです」
そして大志の魂は飛んで私たちのところへきたのです。
久我さんの話はこんな話でした。これを自分の内で何度も反芻するうちに、何事も無感動だった私に変化は表れてくるような気がした。地震から24日経過した日のことでした。私の口から泣きながら「大志、生れてきてくれてありがとう」と思わず言葉が洩れて出たのでした。 |
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| 上は潮文社「心にしみるとっておきの話」の中から兵庫県在住の主婦。上仲まさみさんの手記を要約したものです。母にとって子を失った悲しみは今後も癒えることはないでしょう。でも末永く思い出されるのは、彼女が身も心も泥沼の時に耳にした「お約束ごとの話」にちがいない。なぜ、あの子は自分のところに来てくれたのか。おそらく答えの出ることのない問いを常に自分に投げかけ続けていくことが、これからの彼女の人生の原点になっていくに違いない。 |
| (閑院) |
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