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昭和26年夏、高知営林局の印刷部責任者であった彼女の父は、心臓病で急死した。初七日の頃、父の友人K氏が来て
「実はお父さんに金を貸してあった。できれば早いうちに返してほしい」と言われた。突然のことで家族は呆然としたが
「借用証を探して後日ご返事します」
と言うと、Kさんは信用貸だからそんなものは無いと言う。
でもメモでもあるかもしれないと思い、その日は一応帰ってもらった。几帳面な父のことだから何かメモにでも書き留めているかもしれないと思い探してみたが、何も発見できなかった。ところが意外なことに、遺品の中からMさんという資産家の方に、当時としては大金の五万円を借りたという借用証がでてきた。父がどうしてそんな借金をしたのか見当もつかなかったが、はっきり証拠のあるMさんの分だけは返さねばという家族の話になった。父に急死され、今後の生活のこともあるので、分割払いという意見もでたが、退職金のある今、支払う方があの父の気持ちであろうということになり、彼女は弟と二人で借用証を持ってMさん宅に行った。彼女が
「本来なら利息もつけてお返しすべきですが、元金のみですみませんがお納め下さい」
といって両手をついて金を差し出したが、Mさんは
「一家の大黒柱が急死して弟さんはまだ学生の身。これからが大変だと思う。この金は今、返さなくてもよい。何年か先、返せる時でよい」
といって受けとってくれない。そこで彼女は、
「これは父の金であって、私たちは父の代理としてお持ちしました。今、お返ししておかねばいつ返せるか。返せなかったら父が悲しみますから」
と二人でお願いした。するとMさんは奥さんに何か一言耳打ちすると、奥さんが筆を持ってきた。Mさんは金の包みを受けとると、中から借用証だけをとり出し、それをその場で破り、金包みの上に御仏前と書いて、
「これはお父さんの四十九日の法要の費用に使って下さい」
といって二人の前に置いた。そして
「あなた達は父亡き後、これから苦労するだろうが、どうぞ今の正直な気持ちを忘れずに、お父さんに負けぬような人生を送って下さい」
と言い、これはお父さんが自分のために借金したのではなく、新しい発明の研究費としての借金であったことを話してくれた。二人は家族の全く知らない父の一面を初めて知り、Mさんの心の広さに感動して涙してお礼を言って帰った。Kさんの方の借金も信用して証文もなく貸してくれたのだから、こちらも言われるままに返すのが当然と思い、すぐにお返しに上がった。 |
上は「心にしみるいい話」(講談社)の中にある一話で、父の借金を返しにいった娘さんの手記を要約したものである。「親は親、子は子」という時代にあって、親子の絆が生んだ、しみじみとした一文だった。 |
| (閑院) |
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