平成17年 4月 12日 NO.228
日本人の親子(その27)
卒業式が終わって卒業生とその父母は教室に移った。それから、その高校では後ろに立つ自分達の父母にお礼の一言を言うようになっていた。純子(仮名)の番になった。
「お母さん、純子は卒業証書を手にしました。これまで長い間、お世話になりました。特に高校の三年間は、眠い目をこすりながら、私のために毎日欠かさずお弁当を作ってくれましたね。わたしが「自分でするから」というのに、お母さんは「これが私の一番の楽しみなんだから」と言って譲りませんでしたね。だから純子はそれに甘えて・・・」
といって泣き崩れてしまった。この家庭、実は母子家庭だった。純子の言葉を聞きながら、私は彼女の家を家庭訪問した時の母親の言葉を思い出していた。
「先生、私は水商売をしながら純子を育てています。父親がいないということで、娘が負い目を感じないようにと、子供を叱って父親の役割もしてきました。純子が本当につらかったのは、実は夜だったのです。私は午後4時に家を出て、帰りは夜中の12時。その間、娘は一人です。小、中学生の頃は、留守の間は、それこそ気が気でなりませんでした。途中、何回か電話を入れて様子を探るのです。高校になると純子は勉強しながら私を待ってくれていました。私は思春期の娘とのつながりを一層密にしなければと思い、いろいろ考えました。そうして思いついたのが、朝は娘と一緒に朝食をとり、娘のために弁当を作ってやることでした。弁当づくりは今まで経験がなかったので、どうなることかと思いましたが、案ずるより産むが易しで、娘が帰ってきて「今日のたまご焼きおいしかった」と言う、たったその一言で涙が出そうになることが度々でした。」
私が母親の言葉を思いだしていると、純子が言葉を継いだ。
「お母さんは女手ひとつで私をここまで育ててくれました。お昼に友だちと弁当を広げる時、『この弁当はみんなの弁当とちがうんだ』と自分に言い聞かせて、それから箸をつけました。そのお弁当のおかげで、純子、横道にそれることなく、今日の日を迎えることができました。これから私がお母さんの面倒をみてあげますから」
といって純子は席に戻った。教室の中で一段と大きな拍手がおこった。父母、生徒の中にはハンカチを目にあてる人もいた。
これは「心に残るとっておきの話」(潮文閣)に収められている元高校教師の思い出ばなしの要約である。子供の非行化が問題になっている。親の都合で、三度の食事をスーパーの弁当ですませている子供もいるようだが、非行化はそんな弁当の中から生れてくるのではなかろうか。物心は一如だから、そんな弁当では胃袋は満足できても心の満足は得られない。母の作ってくれた弁当に思い出をもつことのできる人は、母から無形の財産をもらったことになる。
(住職)

仏教用語の「六根清浄ろっこんしょうじょう」がなまったものといわれている。六根とはげんぜつしんの五つの触覚に、意(こころ)を加えたもの。この六根の汚れを去り、心身共に清らかになることを六根清浄といい、修験道などの山岳仏教の行者がこれを唱えながら山入りしたことから、一般人も登山のとき山が荒れぬようにという祈りをこめて「六根清浄、お山は晴天」と唱えるようになった。

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