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| 平成15年4月6日 | NO.214 |
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太平洋戦争が終わると、連合軍は、戦争犯罪者を捕らえ、各地でその裁判をはじめた。 本間雅晴中将も、フィリピンであった有名な「死の行進」の最高責任者として、マニラの法廷で裁判を受けた。 そのとき証人として日本から呼び出された富士子夫人は、異国の法廷において、なんら臆する色もなく 「私の主人は、この地では人にして人にあらずといわれているそうですが、わたくしはその妻であることを、もっとも誇りとするものであります。わたしには、いま二人の子供がいます。娘は十九歳になりますが、いずれは家庭をもつようになりましょう。そのとき彼女はきっと、本間雅晴のような立派な人を夫に望むことを、私は信じて疑いません」と、いった。 被告席の将軍は、ハンカチで顔を覆った。 一瞬法廷は、水を打ったようにしずまり、あちらこちらからしのび泣きがもれてきた。 だが、本間将軍は、パターン総攻撃から四年目の四月三日、処刑され刑場の露と消えていった。 この話が人の心を打ったのは、深い愛情に裏打ちされた夫への信頼感である。異国で、しかも法廷という威圧的な空気の中で、その上、戦犯の妻という心理的に大きなハンディを背負わされた中で、一人の女性として夫人は、きっと身の震えるような思いで出廷したに違いない。だが夫人は、いざとなると、それに臆することなく夫をかばって堂々と所信を表明した。外柔内剛とあh伝統的な日本婦人の徳を表す言葉だが、凛として所信を表明する夫人の姿を想像するとき、気品に満ちた人柄の人であろうことが想像される。 夫人は娘が夫を選ぶ時には、本間雅晴のような男性を望むと言った。これは、ろくな弁明もゆるされず、悪意に満ちた眼差しの中で死出の旅路に向かわねばならぬ夫に対する何よりの励ましの言葉になったにちがいない。本間中将はこの一言で、「これで死ねる」という心境になったのではなかろうか。 だがこの一言、夫に対する愛の贈物となっただけではなく、娘にとっても最高の愛の贈物になったにちがいない。娘は母の人柄を通して、人間の気品という何ものにもかえがたい無形の財産を母から譲り受けたにちがいない。またこれから結婚せんとする娘は、母を通して、愛とは何か、信ずるとは何かといった結婚生活にとって一番大事な要素を、母の態度の中から学びとったにちがいない。 深い夫婦愛、それは単に夫婦の問題だけではない。子孫にのこす最大の贈物である。子孫は父母が愛し、信じあう後姿をみて、人間として如何に生くべきかという大切な問題を学びとっていくのである。
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役職が決まりましたのでお知らせします。 (敬称略・順不同)
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