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あちこちで老人いじめの話を聞く。寝たきり老人のおむつを替えながら「よく食べるから汚い」と露骨に言ったり、無事に退院して帰ってきた老人を「また元気になったんだよね」と仲間で喋っているというような話である。 たしかにおむつの交換は汚いだろうし、邪魔な老人が再び元気になった姿を見てガッカリする気持ちもわからないではないが、順番に年をとっていくのだから、もっと視点をかえて老人をみることはできないものだろうか。それを転換させる方法が信仰という観念ではないかと思う。全ゆる仏さまの中で人気随一の仏さまといえば観音さまで、それは慈悲を第一とした仏さまだからである。その観音さまは衆生済度のために三十三通りに変身するから三十三観音といわれている。その中には障害者もいるし。病人や死にかけた人もいるし、蛇や魚までいる。だから老人の本体は仏さまで、目の前にいる老人は仏さまの変身した姿であると思うのであうる。マザー・テレサにも、 「あなたに必要とされていない人は変装した神なのです」というような言葉があったように思う。 世の中には神や仏など信じない人が沢山いるから、今、目の前にいる人が仏の変身した姿、神の変装した姿だというと、何を寝言を言うかということになるだろうが、少なくとも、そんな見方があるのだと知れば、老人をみる見方が、それだけ豊かになることだけは間違いないと思うのだが、どうだろうか。 |
勘のいい目のみえない人に会って『盤珪禅師語録』の中に出てくる盲人のことを思いだしました。江戸初期、播磨の国(兵庫県)に実在した人で、この人は人の話声を聞いて、その人の心中を見抜いたといわれています。この人は常々、 「賀詞には必ず愁声あり。弔辞には必ず歓声あり」 と言っていたそうです。祝い事があったので相手に「おめでとう」と賀詞を言っているのに、心はそのようになっていない。「うまいことをやりおったな」という、そねみ、ねたみのようなものが声音から感じられる。反対に「お気の毒に」と弔辞をいいながら、「いつも偉そうにしているからバチが当ったんだ」というような歓声が声音の中に感じられると言っているのです。 そしてその盲人が盤珪禅師のことを、 「盤珪さんだけはそんなことがない。いつ聞いても、おめでとうと言っている時は心の底から心が喜びに満ちていることが声音でもわかる。反対に気の毒にと言っている時も同様。これでくい違いのあったことが一度もない」と言っている。 盲人は盤珪さんこそ真の禅者だと言っているのですが、それにしても恐ろしいぐらいの鋭い勘ばたらきです。私たちはいつも何をしていても自分のことを中心にして考えています。宮沢賢治は「アラユルコトヲ、ジブンヲカンジョウニイレズニ」と言っていますが、その言葉に照すと恥ずかしいくらいです。 勘のいい盲人と話しながら、自分が恥ずかしくなるばかりでした。 |
高齢者が増えるにつれてボケる人も増えてきた。八十歳以上では四人に一人がボケると聞けば、これは人の話ではない。知り合いのお婆さんが亡くなった。気丈な人だったが、ボケが始まると財布を盗られた、判子を盗られたと言いだした。人聞きがよくないのでその家のお嫁さんは、「私は盗ってないよ」といい返す。そして更に自分の袋をもってきて開いて見せて、「ほら、無いでしょう」と確かめさせる。それだけならよくある話だが、このお嫁さんの有難いのは、「お婆ちゃん、それはどこかに置き忘れたんだよ。私も捜してあげるから一緒に捜そう」といって時間をかけて二人で家中を捜しまわることである。そうしているうちにお婆さんは疲れてしまって、「もういい、私がどこかに置き忘れたんだろう」となって一件は落着する。そんなことが、しょっちゅうだったというからお嫁さんの辛棒づよさには脱帽だ。 ボケは家庭内に不安が多く、その上に家族からも尊敬されず、過去の業績は無視され、立場を失った喪失感から始まるといわれている。だからボケにかかった老人には、なでる、語りかける、ほめるなどして相手に存在感を感じさせてあげることが大切で、叱ったりすることはマイナスになる。 「同事」というのは菩薩さまが実践する慈悲行のことで、相手の気持ちと一緒になって相手を安心させてあげることである。お嫁さんがお婆さんと一緒になって捜しものをしてあげたのは同事という菩薩行を実践したことになる。 |
昔、滋賀県彦根に豆腐づくりの神様のような人がいました。親父は一日に三箱しかつくらない。しかし、その三箱に全力を注ぎました。 だからその豆腐はおいしくて、開店するとすぐに売り切れました。 何人もの人から、「もっとつくったらどうか。店を大きくするなら加勢しよう」といわれましたが、親父は頑として聞き入れなかった。「これでよいのです。これ以上手を拡げると、つい粗末なものをつくりかねませんから」と言って黙々として豆腐をつくりつづけ、人から「うまい、うまい」と褒められることを生き甲斐として豆腐づくりに専念して一生をおわったそうです。 昨年は食品問題で騒がれ、一年を締めくくる文字は「偽」でした。 その対極にあるゆな生涯をおくったのがこの豆腐屋さんですが、見事なものです。こんな人を身のほどを知る人、分際を知る人というのでしょう。身のほど以上のものに手を出して墓穴を掘る結果になる。人の世の苦しみや悲しみは、みなここから芽生えてくるようです。 無量寿経の「汝自当知」(汝 |
やがて春の彼岸の入りがくる。彼岸という言葉は龍樹(世紀前150〜250)の「大智度論」に、「生死をもって此岸となし、涅槃をもって彼岸となす」とあるのが最初とされる。小林一茶は 今日彼岸さとりの種をまこうかな と詠んでいるが、彼岸の本質がよくいい表されている。 「さとり」とは「さようとる」から出ているといわれる。事実を事実として逃げまわらずに、ハイッと素直に受け取ることが、さとりである。前に進む力は、そこから授けられてくる。 古林泰子さんは足に障害をもって生まれた人だが、下は彼女の詩。 歩きながら考える急いで通りすぎた人の 気づかなかった野の花が見える 草が語りかけてくる 私にふりそそぐ太陽の愛 走れなくてよかった 決っして人の後を歩んでいるのではない 前へ前へ わが歩みに心をこめて悔いなく 詩の後で泰子さんは、「毎日冷たいコルセットをはずす時、今日も一日すばらしかったと感謝する。もし満足な足で生まれていたら、私自身つまらぬ人生を歩んでいたかもしれない。決っしてあきらめではない。これからも精一杯生きたい。動かない足であることに喜びを感じて」と述べている。 このような条件がととのったら感謝しようでは、いつまでたっても感謝できる日はこない。昨日は過ぎた、明日はまだ来ない。あるのは今だけ。ただ今ただ今。 |
日本漢字能力検定協会が毎年公募で選んでいる「今年の漢字」で昨年は「命」が選ばれた。その理由に子供の自殺など命にかかわる事件の多発があげられている。そのたびに「人の命を大切に」という言葉が聞かれたが、心のあるのは人間だけではなく、草木にもあることが次第にわかってきつつある。 米国ミネソタ大学のカールソン博士は、早朝、小鳥の囀る声に草木が感応して、それが植物成長の一要因になっていることを立証した。 また米国の嘘発見器の研究者・バクスター博士は、サボテンに機械をとりつけたが何の反応もない。そこで刺激を与えるため、心の中でサボテンに火をつけてやろうと考えたとたん針が振れた。また彼の夫人が大切にしている植物の置かれた部屋に或る人を乱入させ、それを叩き廻らせ、後で複数の男を一人づつ順に入室させたところ、叩き廻った人が入ってきた時だけ針が烈しく振れたと述べている。日本には昔から木や花に精があって人間の心と交流した伝説が沢山あるが、それは架空の話ではなく実際にあった話かもしれない。 江戸の名僧・沢庵は、草木にも心があるのだから、思いやりの心で接すべきだと説いている。(玲瓏集)大自然には不思議な感応道交の智慧がはたらいている。心のあるのは人間だけという考えは改めたい。 |
年末になって今年も「喪中につき年賀欠礼」のお知らせを何通かいただいた。 忌中の家族の皆さんには、淋しい正月を迎えられることだろう。ご挨拶をいただいて、いつの日か自分も同様のハガキを書き、また自分のために家族の者が書く日のくることを思う。思えば愛しい者との別離ほど、せつないものはない。 あきらめよ 天の星さえ会者定離 というけれど、頭ではわかっていても情ではあきらめきれないのが人間だ。 九十をすぎて元気な老夫婦がいるので、「幸せですね」と奥さんに言うと、「皆さんがそのように言って下さいますが、この年ですから、いずれどちらかが先に往かねばなりません。一人残るのはいやだ、あんたが先に往ってよ、と言い合っている毎日なんですよ」という答えであった。別れは悲しいけれど、浄土の教えを尊ぶ人には再会がある。 法然上人は晩年、法難にあわれて御流罪になる時、別れを惜しむ弟子に、 「宿縁むなしからずば同一蓮に座せん。浄土の再会はなはだ近きにあり。今の別れはしばしの悲しみ、春の夜の夢のごとし」と諭されている。 山崎弁栄上人は母との別れに臨んで詠んでおられる。 「しばしまた別るるもののやがてゆく 西の都に会う日をぞ待つ」 愛しい家族の人が先立っていった悲しみを、一足先に浄土に往って待ってくれている人になったのだと思いとって、今日を力強く歩んでいきましょう。 |
少子化のうえ最近の若者は養子を嫌うので、後継者に困っている家が多い。そんな中で、めでたく養子縁組が整って双方とも喜んでいる家がある。だが最初は、やはり若者の抵抗があった。話をきりだしたのは青年の父だが、「あの家に養子にいけ」と言うと、「親父、米糠三号あったら養子にいくなと昔から言うじゃないか」と横を向かれた。そんな息子に向って父が言った。 「お前はこの家で生れて大きくなったが、もともとはあの家で生れたんだよ。往くのじゃなく還るのだ」 考えていた青年は、この一言で、なんとなくその気になったのだという。 この話を聞いて、人生の坂を越える要領は、これだなと思った。法然上人に「浄土という世界は有る無しの論議をして決める世界ではなく、有ると思いとっていく世界だ」という言葉があるが、事実は変らなくとも、それをどのように思いとっていくかが人生の明暗を分ける。東北の覇者・伊達政宗は名高い遺言を子孫に残している。それは 「この世に客にきたと思えば何の苦もなし。朝夕の食事は、うまからずともほめて食うべし。元来、客の身なれば好き嫌いは申されまじ」 というものであるが、政宗の言うように、この世に客に来たと思えば、たいがいのことは安らかに受け流すことができる。 宗教とは人生に疑問を感じた時、それを意義づけてくれるものである。 |
残暑も日に日に薄らいで秋の彼岸が近づいてきた。彼岸とはインドの竜樹の大智度論に「生死をもって此岸となし、涅槃をもって彼岸となす」という句によったものである。此岸とは迷いの世界、涅槃とはその迷いが吹き消された世界のことである。 最近、人から聞いた話だが、ある家の老婆が三度目の入院を無事に終えて家に帰ってきた。近所の仲良しが祝いに来て「よかったね」と言うのを聞いて、傍らにいた家の坊やが、「でもうちのママはそう言ってなかったよ。『三度も入院してまた元気になって帰ってきたんだから』と言っていたよ」と言った。仲良しはハッと困ったことになったと思ったそうだが、そのとき老婆が、 「そうかい、今度も元気で帰ってきたと言ってくれたのかい、うれしいね」と、こともなげに答えたのでホッとしたという。 観音経には衆生救済のため観音菩薩は三十三通りに変身すると説かれているが、その中には恐ろしい鬼となって毒舌を吐く菩薩となることもある。作家の吉川英治先生が座右の銘としたという「吾以外皆吾師」を鏡としたら、彼岸の世界は向うの方から、こちらにやってくる。 たとえ自分は此岸にいても、彼岸の人をみて、結構だな、自分もそうなりたいと願うことができたら、その人もまた彼岸の人になったのだと仏は説かれている。 なんとおおらかな教えだろうか。 |
お盆が近づいた。近頃はお盆といえばレジャーを楽しむ期間のようになっているが、ルーツは推古天皇の1400年前から始まったもので、インドのサンスクリット語のウランバーナが盂蘭盆となり、略してお盆となったものである。ウランバーナは「倒懸」と訳され、逆さまに吊されたような苦しみをいう。亡き人で、そのような苦を受けている人がいれば、その苦を免れてもらいたいと願い、生きている人で、ものの見方が狂っているため苦しんでいる人がいれば、正見にたちかえっていきたいと自分を省みる日がお盆である。 「幸福の物差」はお金だから、貯金通帳の帳じりが増えるほど幸せになれると決めている人がいる。たしかにお金は大事なものだが、それだけでは幸せになれない。女性の好むナイロン靴下を開発したのはアメリカのカロザースという天才科学者である。それを売り出したデュポン社は一躍大企業になったが、会社は彼の御機嫌を損じては大変と破格の給料を与え、その上、世界中のどんなホテルに泊ろうが、どんな高級レストランで食事をしようが、費用はすべて会社もちという特典を与えた。その彼が41才の時、宿泊先のホテルで服毒自殺をした。机上には「生甲斐がなくなった」という遺書が残されていた。社会学者・デュルケムは、自殺者は貧乏人より金持に多いことを論証している。「喜足小欲」(足るを喜こび小欲である)こそ幸せの源泉であったと正見することが倒懸の苦から免れる道であり、それがお盆の精神だろう。 |