令和3年10月 NO.318
浄土宗開宗850年(その2)
 十月半ばを過ぎ、やっと秋めいてきました。
 徳仁天皇即位により、改元された「令和」の初頭から、私共は、新型コロナウイルス感染症との攻防の中にあります。江戸時代以前は、時流の変革を望む詔(みことのり)によって、多くの改元がなされたそうです。法然上人ご在世の平安末期から鎌倉初期には、なんと改元が23回も行われています。その内、天皇の即位による改元が8回、儀礼による改元が2回、災異改元が13回でした。災異については(重複も含む)、地震が2回、水災が1回、火災が2回、戦乱が3回、疫病が7回、飢饉が1回とあり、疫病と天災による改元が際立っています。そして約850年後の現在、平安の世と同じような災異が世界を席巻しています。確かに医科学や経済の進歩で、被災の程度に違いはあれども、人心が受ける恐怖や不安は、今も昔も同じです。そんな苦しみから人々を救い出すことが、法然上人の願いであり苦悩でした。そして承安5(1175)年、法然上人は、善導大師の観経疏の一節「一心専念の文」に触れ、心が震えます
意訳しますと『救われるとか救われないとかいう問題は、人間の考えることではない。それは仏さまが考えてくださる問題。私共に求められていることは、阿弥陀さまのお慈悲にすがり、素直な心でお念仏を称え続けることだけ。そうすることが阿弥陀さまが最も喜んでくださることなのだ』
この一節は「浄土開宗の文」とも言われ、極めて重要なものであり、この御文に巡り合わなければ、日本仏教の様子は大きく異なっていたに違いありません。
 法然上人により浄土の門が大きく開かれてより、まもなく850年が経ちます。先に申し上げた様に、受けなければならない苦しみは、今も昔も変わりがなく、未来永劫の悩みの種です。しかし、有難いことに私共は人間に生まれて言語を習得し、人生の幸せについて説かれた、仏さまの教えと巡り合えています。その事実を素直な気持ちで喜び、お念仏を申し、阿弥陀からお育てをいただいて、喜怒哀楽のこの世を渡り、安楽の世界(極楽浄土)を目指しましょう。私共の受け取っているお念仏の道は、他の仏道修行から見れば、安易で頼りない道に思えるかもしれません。しかし、その道は仏さまが授けてくださった道です。狭くて広い、広くて狭い大安心の道です。
 コロナ感染症拡大を懸念して、多くの活動が自粛され初めてから約1年半。その間、日本国は、第五波を乗り越え50年ぶりのオリンピック・パラリンピックを挙行しました。
 為せば成る 為さねば成らぬ何事も
 成らぬは人の為さぬなりけり

とは、江戸時代後期、上杉鷹山公(米沢藩主)の有名な家訓。スポーツ祭典の成功は、私共にこの精神を呼び起こすものとなりました。阿弥陀さまが私共を救いたいと願って授けてくださったお念仏もしかり。「ナムアミダブツ」と素直な気持ちで発声する行為をしなければ、効果は生まれないのです。その「素直な心でお念仏を申す」ことを修養する法要が「別時会(べつじえ)」です。法然上人も
『人の心は、見慣れ、聞き慣れてしまうと初心を忘れてしまい、日々の忙しさにかまけて、お念仏がおろそかになっていくものです。素直な心でお念仏を申すためには、時おり別時念仏をするべきです』と説かれています。
前号でお知らせの通り、宗祖法然上人を仰いで、浄土宗大分教区主催の「素直な心でお念仏を申す」ための修練法要「別時会」を開催します。参加要項をご確認し、是非ともご参加ください。

坂村真民氏の額文字

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