| お念仏から始まる幸せ(その5) |
3月末で4名の総代さんが任期(3年)を迎えるにあたり、先日、引継ぎの総代会を開きました。その席で、蓮華寺寺院規則第一章を皆で唱和しました。
「この法人は、阿弥陀仏を本尊とし、浄土宗宗網に掲げる浄土宗祖法然上人の立教開宗の精神を体し、教旨をひろめ、儀式行事を行い、信者を教化育成することを目的とし、その他この法人の目的を達成するための業務及び事業を行う。」
この序文は、生活の全てを「お念仏を申すため」に振り向けてこそ、私共(念仏者)は幸せ(安心)を得ることが出来るとの教えによるものです。その教えの根拠になる教義を説かれたのが、中国浄土教の祖・道綽禅師(562~645)です。その道綽禅師の教えを受けて、法然上人は「選択集」という書物に、「今や末法の時代(仏教の影響が薄れた時代)であるから、いかに多くの人々が仏道を究めるために修行に努めても、いまだに一人として成就できた者がいない。だから、戦争、疫病、飢饉がおこり、思想が乱れて悪化し、煩悩が盛んになって悪徳がはびこり、人々の資質が低下している。このような時代にあっては、いかに素晴らしい(難しく厳しい)修行であっても、実行することはできないのである。今の世では「お念仏を申す」という易しい修行だけが広く一般に通じる法門であり、また遠い将来にまで通じる法門である」と示されています。「遠い将来」とは令和の時代のことであり、これから向かおうとしている未来のことです。
今から百年ほど前の千葉県柏市に、そんな祖師方の教えを受けて、後の浄土宗と宗教界に大きな影響を与えた高僧が出られました。名前を「山崎弁栄(やまざきべんねい)上人」と申し、そのご生涯が、只々「お念仏を申すためのもの」であり、その教導は多くの方を幸せにしました。そんな弁栄上人が、幸せのヒントとしてお示しくださったのが「光明家庭の心得」です。仏さま(阿弥陀如来)と念仏を中心とした生活(光明生活)を送ることで、明るく正しく和やかになれること(幸せ)を、お示しくださったご法話です。少し分かりずらい文体ですが、誠に味わい深いものなので、原文のままご紹介いたします。私共も光明(幸せ)生活を目指して、お念仏を申して参りましょう。 |
| (住職) |
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光明家庭の心得 |
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山崎弁榮 |
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一、父母(おや)は慈悲と正義の観音勢至にて 実行の範を以って子女を光明に指導すべき事
一、各自(めいめい)に暗黒の気質を淘汰し 光明の本心に基づき平和たるべき事
一、忿恨(いかりうらみ)などを発し衝突を為すは 光明(みひかり)を失う故なりと覚知すべき事
一、光明(みひかり)に充たされては いかなる場合にも麗しき色を変えざる事
一、光明の時間を貴重し 徒に過ごすべからざる事
一、日々の業務は如来(みおや)の命令と信じ 潔くつとむるべき事
一、如来(みおや)の試験は日常行為(にちにちおこない)の上にある事を記憶すべき事
晨(あした)には今日一日如来(みおや)に身心(みこころ)を献げて事(つか)えまつることを告白し、夕(ゆうべ)には一日いかに行為(おこない)せしやを吟味し、益々向上せんことを要す。
暗黒の家に犯罪の卵子(たまご)は発生し、光明ある家庭に善良の士女(もの)育成(そだちま)す。
聖典に悪人(わるきひと)は悪をなし冥(くらき)より冥(くらき)に入り苦(くるしみ)よ苦(くるしみ)に入る、善人(よきひと)は善をなし明(あかるき)より明(あかるき)に入り、楽(たのしみ)より楽(たのしみ)に入ると示し給えり。 |
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