令和2年9月 NO.311
残暑お見舞い申し上げます
 事実上の「コロナ第2波」が来ています。日本や国東も例外ではありません。新型コロナウイルスの災いにみまわれた方々に、心よりお見舞い、お念仏申し上げます。
 世界の老若男女が、コロナの恐怖に直面し、不透明な未来に不安を感じています。人類は、政治や化学を駆使してそれに対抗しようとしていますが、財源や人員には限りがあり、「絶対の安心」とはなっていません。そんな不安の中にいる時に、思い出される言葉があります。
一、 我らは仏の子供なり
うれしき時も 悲しき時も
ミオヤの袖に すがりなん
二、 我らは仏の子供なり
幼き時も 老いたる時も
ミオヤに変わらず つかえなん
 これは、「仏の子供」という仏教聖歌です。先般他界しました師父のベッド脇で、毎日のように母がこの聖歌を歌い聞かせていました。児童用に作成されたものですが、核心をつく歌詞なので心に響きます。いつの時代も、私共の出来ることは限られています。「救いたまえ」と神仏に祈るしかすべがないのです。その「すがるお相手」を「アミダさま」と認知し、「救われる方法」が「念仏をする」ことであると知りえた私共は幸せ者です。
 法然上人は、「遭い難い仏教に出遭えているわけですから、無益な人生をおくるようなことがあれば、それは残念なことです」と言われています。
 コロナと長い付き合いになりそうです。「油断せず、恐れすぎず」 法然上人の教えのままに、徐々に活動を再開したいと思います。
住職
※「仏の子供」の音源が欲しい方は、お寺までご連絡ください。
 去る6月3日に遷化いたしました、当山前住職 鶴山瑞教師の葬儀に際し、ご加勢をいただいた総代会・婦人会の皆さん、連日お参りをいただいたご寺院や親戚の皆さん、師父を想い哀悼の誠を捧げてくださった檀信徒や知人の皆さん、そして葬儀の運営を支えてくださった関係業者の皆さん、本当にお世話になりました。皆さまのお力添えをいただき、一連の法要(通夜式・密葬・本葬・満中陰・初盆会)を無事勤めることが出来ました。ありがとうございました。本来であればお一人お一人をお訪ねして、御礼を申し上げるべきところですが、本書をもってご挨拶に代えさせていただきます。誠にありがとうございました。

次にご紹介する文章は、本葬で手向けられるはずであった「弔辞」です。七月豪雨の影響で当日それがかなわなかったため、ここにご紹介申し上げ、先代住職の追悼といたします。   合掌   恒教 拝

 「 弔 辞 」
 畏友瑞教大兄 浄土に還るの知らせ届いたのは、水無月仰頭、蛍の季を迎えんとするばかりの日であった。
養生のおもむき、ご令室からの丁寧な便りで知っていた。か細き命の灯、蛍灯(ほたるび)のごとく消えた。君は近来稀有の念仏行者であり、富楼那(ふるな)とかくやと思う布教の達人であり、何よりも胸襟開けく語り合える友人であった。寂寥(せきりょう)この上もない。六十と有余年の昔日、佛教大学の教室にあき足らず、大谷大学の学長・碩学山口益師を訪ねて煩悶する心中を述懐、疑念を述べたことがあった。師は若き学徒に丁寧に対応されたゆえ、大いに満足したことを詳しく伺った。直情径行、大物学者のもとを尋ね思う所を披瀝(ひれき)した君も君なら、対応された学長も学長であった。あの日から幾星霜、拙寺百年振りの五重相伝の戒師を勤めてくれ、丹後の地に法を残してくれた。正統な教理にもとづく比喩の巧み、その背景には深い学識があった。互いに貧しい学生時代、質屋通いの日常、千円借りると元本千円のほか月90円の利息を添えねばならず、苦労したものだった。君の下宿にはご母堂からの白米があった。外食券有効な主食に事欠く時代、燃焼効率の悪い石油コンロで飯盒めし、なけなしの金で求めたキャベツにソースをかけただけのおかず、二人でむさぼり食べた。その後夜半まで議論するのだが、互いに苟合(こうごう)することはなかった。
 君の結婚式に招かれた時、披露の宴で同郷友人の祝辞に「鶴山君は土の臭いのする性なれど、それは君の天分、土は全てを育む母であり、庶民性の基である」という祝いの言葉を聞いた。まさに至言、今でもはっきり憶えている。いい幼な友達が居られた。友人の言葉どおり、地に足の着いた名和尚となった。ちなみに私に求められた祝いの品は、信楽焼の狸であった。挙式当日「友あり 遠方より来る 又楽しからずや」と言って、花嫁さんを一人ばっちにして、私と別府の湯につかり痛飲した。後でご母堂より大目玉を頂戴したのは言うまでもない。
 若い頃、蓮華寺に遊んだ或日の事、娘さんと恒教さんを誘って別府に行っていいかと言うと、一緒に生活しておられた里子の手を引き、「この子達もつれて行くならいい」と言われた。その時、一瞬言葉を失った。恒教さんのベッドも彼等と同じ二段のベッドであった。
 山本空外上人との出会いに、伝道ハガキの時を得た名文、本堂・庫裡の新築、本山輪番布教の苦心、専心布教同志会の面々とのつき合い、小中学生の夏のつどいなど、懐かしくよみがえる。拙寺五重相伝に当たり、齢七十をいくつも越えて爾書道場を満了出来たのも君のお陰であった。佛大で学んでいた御弟子さんの行儀の良さは、師である君の薫陶の良さと、奥さんの慈愛の賜物であったとつくづく思う。晩年、永年の苦労にむくいたいと二人して丹後を訪ねてくれた。嬉しかった。又、私ども夫婦と奥さんと四人で、国東半島仏跡巡りをしたこと、昨日のことのように思い出している。一昨年の貴山五重法延に随喜して、皆さんに迷惑をお掛けしました。すっかり足腰の衰えた君が奥さん頼りに生活している姿を見て、ねたましくも羨ましく思えた。いい夫婦だと今更に感じ入ったことであった。
 近年の君の心がかりは日本と日本人が、そのらしさをなくしつつあるということであった。古来の伝統やしきたりが失われつつあることへの危惧であったろう。型は変わるだろうが案ずるなと言ったけれど、心配の種はいくつもある。思いは尽きぬが冗長(じょうちょう)は慎まねばならぬ。今では浄土での再会を願うのみ。
しめくくりに我が故郷と縁の深い、与謝蕪村の一文を借用することをお許し願う。
  北壽老仙をいたむ
君あしたに去ぬゆふべのこゝろ千々(ちゞ)に 何ぞはるかなる
君をおもふて岡のべに行つ遊ぶ をかのべ何ぞかくかなしき
蒲公(たんぽぽ)の黄(き)に薺(なづな)のしろう咲たる見る人ぞなき
雉子(きぎす)のあるかひたなきに鳴(なき)を聞ば
友ありき河をへだてゝ往にき へげのけぶりのはと打ちれば西吹風の
はげしくて小竹原(をざさはら)眞(ま)すげはら のがるべきかたぞなき
友ありき河をへだてゝ住にきけふは ほろゝともなかぬ
君あしたに去ぬゆふべのこゝろ千々に 何ぞはるかなる
我庵(わがいほ)のあみだ仏 ともし火もものせず花もまいらせず
すごすごと彳(たたず)める今宵は ことにたうとき
釋蕪村百拜書
丹後(京都府) 宝厳寺老枘 小野泰昭
境内整備事業中間報告
 残暑の候、皆さまにはご健勝のことと拝察いたします。鐘楼堂・山門改修を柱とした「境内整備事業」につきましては、平素よりご理解とご支援をいただいておりますこと、厚く御礼申し上げます。
 来る9月20日に、第2回目の寄付金(浄財)の受付をいたします。それに向けて地区幹事の皆さまには、集金業務を担っていただきます。ご負担をおかけしますが、何卒、宜しくお願い申し上げます。
 今期(令和2年秋)の寄付金納入予定金額は約500万円。これを予定通り納めていただけますと、寄付申込総額の80パーセントをご志納いただいたことになります。皆さま方の厚いご支援に対し、只々感謝するばかりです。心より御礼申し上げます。
 事業の進捗状況ですが、新型コロナウイルス感染症の弊害から、複数業者より提出された見積の比較作業が遅れています。井上設計士より「8月末には比較表が出来上がりますので、順を追って委員会の皆さまにご報告申し上げます」と連絡がありましたので、9月中には具体的な業者の提示を皆さんに出来るかと思います。なるべく経費を抑えながら、私共と私共のご先祖を守る菩提寺が、今後末永く存続できる事業を進めて参ります。今後とも、皆さまの変わらぬご支援をよろしくお願い申し上げます。
 最後になりましたが、皆さまのご健勝とご多幸をご祈念申し上げ、事業の中間報告といたします。
ご尊体、ご自愛下さいませ。  合掌
令和2年9月1日
建設委員長 清末利勝
建設委員一同 

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