令和元年12月 NO.307
境内整備事業 中間報告
 皆さま方にはお変わりなくお過ごしでございましょうか。鐘楼堂・山門改修を柱とした「境内整備事業」につきましては、平素よりご支援をいただいておりますこと、厚くお礼申し上げます。
 事業の見通しをたてる必要上、先般、皆さま方に「浄財寄進申込書」のご提出をお願い申し上げました。このような経済状況の時代でありますし、建設委員一同、その結果を案じていたのでございますが、約9割の方々より申込書をいただくことができ、残りの方々からも少しずつお申込みをいただいている状況でございます。おかげさまでこの分なら、不測の事態でも起こらぬ限り、なんとか当初の計画案通りの道が開けそうな気がいたしております。去る12月15日に開かれた第5回建設委員会の席で、申込状況を知った委員一同、皆さま方の厚いご支援に対し、ただ感謝の外ありませんでした。本当に有難うございます。少子高齢化問題、復興支援やオリンピックなどによる資材高騰・人員不足問題など、今後も懸念要素はありますが、委員会で協議を重ねながら、最善を尽くしていきたいと思っております。詳細については、業者入札の件がありますので、明年、時期をみてご報告申し上げることになりますが、本日はとりあえず、明るい展望が少しずつ開けておりますことをお知らせ申し上げて、中間報告にかえさせて頂く次第でございます。
 皆さま方には、本当に有難うございました。今後とも変わらぬご支援をよろしくお願い申し上げます。
令和元年12月17日
建設委員長 清末利勝
建設委員一同 
お念仏から始まる幸せ(その1)
 人間の幸せの三要素は「身・命・財」と言われます。つまり健康長寿で十分な財産があることが、幸せの条件ということです。私も例に漏れず「身・命」に執着しているので、1年に1度は、有料健康診断を受けておりますし、「財」についても無論、出る物は少なく、入る物は多い方が好ましいと思っています。
そんな「幸せ」について法然上人がお言葉を残しています。
「念仏を唱えるのに心が進まない人は、計り知れない大きな宝を失っている人である。心から進んで念仏を唱える人は、極楽往生し、最高の悟りを開くことができる人である。必ず心で往生したいと願いながら、念仏を相続しなければならない。」
 苦しみや悲しみの世界を、永遠に迷い続けているというのが、仏教の生命観。そんな私が、阿弥陀さまに助けたまえと願い、お念仏を称え続けることで、全ての仏道修行を実践して得られる功徳が得られ、「永遠の幸せ」を手に入れることが出来るというのですから、とんでもないことです。

 約2500年前に、お釈迦が説かれた仏法は、人間が人間として、この世も次の世も「計り知れない大きな宝」を得て、幸せに成るための教えです。その究極の幸せの状態が、「最高の悟りを開くこと」です。そのような状態になることを、「成仏する」と言います。今日、「成仏する」とは「死ぬこと」というような意味で使われがちですが、「仏に成る」と書いて「成仏」ですので、「死ぬ」と言うような意味では決してありません。仏教徒の幸せの極致である「成仏」について、布教の大先輩が「仏に成るとは、心がほどけることだ」と説いて下さいました。人間には、沢山の心の弱点があります。その弱点を煩悩といい、その代表格を「根本煩悩」といいます。一つには、あってもまだ欲しいと思ってしまう「貪り」の心。二つには、ついつい怒ってしまう「瞋り」の心。三つには、自分の事ばかりに執着して、大事なことが分からない「痴か」な心とされています。その「貪・瞋・痴」の煩悩でがんじがらめになっているのが人間の心であり、その煩悩が完全にほどかれた状態を、「ホトケに成る」と言うのです。「心がほどける、ほどける、ほどけ、ホトケと成る。」なるほど分かり易いご説明だと思いました。
 法然上人が「この世も次の世も、阿弥陀さまを頼りに救われていこう」と決心されてから、間もなく850年が経ちます。その節目の年は4年後の西暦2024年であり、その節目を開宗八百五十年と申します。浄土宗では、その機運を高めるために『お念仏からはじまる幸せ』というキャッチコピーを定めました。キャッチコピーとは、広めたいと思う商品や作品に対する、インパクトのある言葉を指します。ここで言えば、広めたいものが「お念仏」であり、「お念仏からはじまる幸せ」とのフレーズが、インパクトにあたる部分です。法然上人は何故、星の数程あるお釈迦さまの幸せの法の中から、ただ「ナムアミダブツ」と称えて、阿弥陀さまに救われていけとお勧め下さったのでしょう。法然上人はその理由を二つあげられています。その一つは、お念仏を申す修行が「最易」のためだからと申されています。最易とは、お念仏が仏道修行の中で、最も行じ易い修行だということです。
 人間は「易しいこと」を軽んじる傾向にあります。今、世界にはインターネット上で動画を配信し、その動画の視聴数に応じた広告収入を得ている人達がいます。そんな彼等を世間では、ユーチューバーと呼んでいます。ランキング上位の動画は、どれも構成力・完成度・難易度の高いものばかりです。1回の視聴で、平均0.1円の広告収入があると言われていますので、月収70万円のユーチューバーの動画は、700万人以上の視聴者がいることになります。そんなユーチューバーが、少なくとも100人以上はいると言うのですから驚きです。やはり人間は「易しいこと」より「難しいこと」が好きなのです。しかし、阿弥陀さまは反対です、誰でも平等に救いたいというのが仏さまの願いですから、易しいということは、仏さまにとって一番価値のあることなのです。「ナムアミダブツ」と称えるだけなら子供でも出来ます。歩いていても座っていても横になっても称えられます。故に「最易」の修行を実践して、阿弥陀さまに救われていけと、法然上人はお勧め下さるのです。
つづく

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