
【某日本男子】 |
| 昨今の情報の多くは、インターネットを介して伝達され、想像もつかない速さで世間に拡散されています。その論調は「正義は絶対!」というようなものが主流であり、見回せば「不寛容」や「過干渉」「過剰反応」ばかりで、皆どこか怯えていて、安心できないでいます。そんな中、先般インターネット上の掲示板で、善いエピソードと会えました。皆さんにもご紹介します。尚、スペースの都合上校正しています。投稿者の気持ちが皆さんに伝われば幸甚です。 |
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2年ほど前、資格とりたくて数年勤めた職場を退社してフリーターしながら資格の勉強してた。バイト先は牛丼屋で、基本は午後10時から朝6時までのシフト。5月の深夜1時頃に、ある父子が客で入ってきたんだ。父親は三十代くらい。子供は女の子で、たぶん2~3才くらいかな。父親は、財布の中身を見ながら「すいません、小盛の牛丼をひとつください」と注文した。え、子供の分しかないじゃん。お金ないのかなーと思った。まあでも仕事は仕事なのであまり気にせず、すぐに牛丼を持っていった。案の定、父親は全く食べずにすべて娘に食べさせていた。こんな親子が実際にいるとは・・・不憫だ・・・明らかに家も無く職も無くみたいなアレだわな。お腹一杯食べた女の子がすごく眠そうにしてる。「かあちゃんとねんねしたい」とか「とうちゃん、かあちゃん迷子かなあ」とか呟くの聞いてたら、なんかすげえ不憫に思えてきて、少し偽善っぽい感情が芽生えてきた。女の子が寝てしまってから自分の車に常備している毛布を取りに行き、店に戻って父親に渡した。
俺「これ娘さんにかけてあげてください」
父「えっ!あっ、いや、すいません、ほんとにすいません。ちょっとこの子眠れたらすぐ出て行きますんで・・・」
父親は、俺が横を通るたびに「すいません・・」って頭下げるんだよ。どんだけ低姿勢なんだよと。結局女の子は朝6時前に起きて、父親はペコペコ頭を何度も下げながら店を出て行った。俺も同時刻に退勤した。で、車で国道に出てみると、父親がいた父親はフラフラしながら女の子を抱っこしようとしてるし。で、いてもたってもいられなくなって車を停めた。
俺「そんんあフラフラじゃ娘さん落としちゃいますよ」
父「え、あ、大丈夫です。さっきの牛丼屋の店員さん?」
俺「いや店内から気になってたので・・・。失礼ですけど行く宛てあるんですか?」
父「え、いやー この子の母親のところに・・・」
俺「お母さんの居場所ってどこです?」
父「・・・・」
話を聞いてみると、3ヶ月前、父親の勤務先は折からの経営悪化で希望退職を募っており、父親はそれに応じて退職した。間も無く、わずかな貯蓄と退職金の全てを持って奥さんが蒸発した。手元に残されたお金は数万円。家賃も払えずにアパートは追い出されたと。そこまで聞いて、この父親にも色々問題あるなと思った。娘を一人守らないといけないのに詰めが甘すぎる。でもそんなこと言ってられない。とりあえず、我が家に連れて帰ることにした。父親は相変わらず「いやそんなご厚意は!」とか言ってたけど問答無用。「とにかくナホちゃんをお風呂に入れてあげましょうよ」と。我が家はごく普通の八畳のアパート。お風呂からはナホちゃんの楽しそうなキャッキャした声が聞こえてきた。俺ももう33才。もし結婚してたらこれくらいの子がいてもおかしくないんだよね。なんかちょっと家庭的な雰囲気を味わえた。ここで俺は一つの決断をした。この父子をうちにしばらく住まわせて、父親の職探しと住居探しをさせようと。俺の当時の収入は、バイト代が手取りで月14万と退職前の預金が200万ほど。もし自分の金銭的な状態が厳しかったら、とてもこんな提案はできなかったけどね。資格試験も年2回あったから、1回くらいは延期できる。ナホちゃんが笑顔でキャーキャー言ってる姿を見ると、それくらいは許容できると思った。夜7時頃、俺の彼女が駆け付けてくれて、近くののファミレスで4人で夕食をとりながら、今後の事を話した。明日はまず父子の服や生活物資を買い出ししてそれから職探しをすること。火急速やかに仕事を探して就き、収入を得て自立できるようなら部屋を探す。猶予は4ヶ月。翌日、4人で市内のショッピングセンターモールに行った。まずはナホちゃんの服を一式揃え、そのあとで父親の普段着と就職活動用スーツなんかを買った。さらに生活必需品も三倍必要なので、色々と買い足した。その日だけで全部で7万円ぐらい使ったかな。彼女が「子供生まれたときの予行」とか言いながら一人張り切ってたな。その後の生活は、なんかこう、娘ができたような騒がしさだった。ナホちゃんは、最初は知らないところに連れてこられて緊張していたようだが、慣れてくるにつれ、走り回るわ、壁に壮大なアート書いてくれるわ、ベランダで育てていたプランターの球根引っこ抜くいてくれるわで、なかなかの腕白っぷりを見せてくれた。
父親は、わずか半月で新しい仕事を見つけた。さっそく次の週から仕事に行き、完全な月給がもらえた2ヶ月後にはアパートも探してきた。うちの部屋に来てから2ヶ月と19日後、父親は新しい部屋に引っ越した。「お兄ちゃんっばいばーい!」と手を振りながら引っ越していった。で、引っ越した先がうちのアパートの下階(笑)。今でも少し成長したナホちゃんと遊ぶ日々が続いている。俺の彼女も休日には相手をしてくれる。そして今年の末には彼女が嫁に変わる。「ナホちゃんみたいに腕白な子が欲しい」ともう今から言っている。彼女との新居も父子のアパートの近所にかまえた。今月俺の娘が生まれ、ナホちゃんと父親もお祝いに来てくれた。ちなみにナホちゃんの父親とは今でもいい呑み友達。最初に買い物でつかったお金も半年もかからず返してくれ、そのお金で今度はナホちゃんが小学生に上がる時にランドセルを買わせてくれと言ってある。 |
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| 「正義」は正論でありますが、故に「厳しい」のです。厳しい日光の「めぐみ」だけでは草木が育たないように、時には「やさしい」雨のめぐみも必要です。「厳しさとやさしさ」の「二つのめぐみ」の中に、森羅万象は豊かに育つ。究極的寛容性を持つ阿弥陀さまの存在が、不完全な私共の絶対の安心となります。 |
| (住職) |