平成30年3月 NO.295

3月21日(祝)
法話:閑院 鶴山 瑞教 師
午前9時より 納骨堂で読経
午前9時10分より ペット供養塔で読経
午前9時15分より 永代供養墓で読経
午前9時20分より 水子地蔵尊で読経
午前10時より 彼岸法要(本堂にて)
ご先祖さまの「塔婆回向」を受け付けます。塔婆回向ご希望の方は申込書にご記入の上、お申込み下さい。

【栗田養逸さん】
 長寿大国と言われる日本。平均寿命は、男女共に80歳を超え、百歳人口は五万人を超えました。
その現象は全国共通であり、我が家も例外ではありません。私の祖父は54歳、祖母は72歳で他界しているので、「介護」については、両親も私も(妻も)経験がありません。そんな私にとって、介護の経験者は良き先生です。
 先般、檀家出身の女性を妻に持つ栗田氏から、介護録を頂きました。それは、家族の元を離れ、単身故郷(出雲)に帰省して、高齢の母親と過ごした4年半の記録でした。その一部をご紹介します。


一人息子の『介護一日一句』(1)
栗田 養逸
  秋空や 家出しようか やめようか

2015/9/4(金)晴れ
 母は近場なら杖(つえ)も突かずに腰も曲げずに歩く。しかし、ままならぬことも増えた。少しの汚れなので、後始末にそんなに手間がかからないが、夜中に起きた時、トイレに間に合わないことがあるようになった。
 夕方、母は空地に咲く百合の花を折り、それを持って出かけた。台所からアラーム音が聞こえる。ガスの火が付けっぱなしとなり自動消火し、その警告音が鳴っていた。母は火を小さくしたことで消したつもりになっていたと想像される。夕食の準備をしていたら、母が帰ってきて、「ご馳走になったので、夕飯はいらない」と言う。「夕飯前に出かけて、よそで食べたから夕飯はいらないとはなんだ。作る身になってみろ。それよりもガスの火を消さずに出かけたろう。火が消せんかったら、もうガスを使うのをやめた方がいい。花瓶の水を入れるのに計量カップを使って、その場に置いたままだった。使ったら元に戻せ、どこにあるか探した」と、立て続けに言ってしまった。何を作ろうかと考え、準備をしていたのに、夕食は要らないと言われ、腹いせに大声でぶちまける。
 少しぐらいのことは我慢すればいいものを、自分の思い通りににならないといら立つ自分がいる。それに付き合う母もたまったものではない。
 自分だけなら、簡単にと料理を変更していると、母は家出の準備をどうやら始めた。病院行きのカバンや財布のカバンを取り出し、眼鏡などを入れている。私が食事を始めると、母はトイレに閉じこもった。やがて、母はカバンを持って、玄関に向かう。「どうした?どっかに泊まりに行くつもりか?明日、明後日も農協は休みだから財布もいらない。よそに泊まって、財布が無くなったと騒いでは相手にも迷惑だ。持っていかんでもいい。それよりパンツの替えを4・5枚持っていったがいい。うちのトイレは部屋からすぐの所にあって、ドアを開ければ、自動で電気がつき、フタも自動で上がる。よそのトイレでは勝手もわからんぞ。それでも泊まりに行くのか?」と母を止める。母は無言。「家で風呂に入って、かゆみ止めを塗ってもらったがいいだろう。風呂に入る準備をしゃっしゃい」と言うと、母は反論もせず素直に部屋に戻っていく。
 長女の恵さんから電話があった。母は先ほどの態度とは大違い、ひ孫とも明るい声で何やら話をしている。私が電話を代わると、「じぃちゃん、また、釣りに行こうね。ボクの水槽どうなった?」と、1ヶ月前の出来事を聞いてきた。一番大きい手長エビが死んだことは話していない。「全部、捕った場所に逃がしてやったよ」「うん、また今度、捕ろうね」「ヨシ君、川の名前は何だった?」と出題。「やちよがわ」と即答。「よく覚えていたね。また八千代川でエビ捕り、さかな釣りをしようね」「わかった」。記憶域がどんどん広がる4歳が電話の向こうにおり、記憶域が徐々に揮発していく母が横にいる。
 風呂から出た母の頭部に、湿疹対策の薬用ローションを、身体の方には薬用クリームを塗る。その下がかゆい、もう少し右だ、左だと母の注文は多い。

 この文章は、栗田氏の知人の勧めで、島根日日新聞に連載されたものです。大正6年生まれの母親の影響で始めた俳句を交えながらの日誌が元となっています。このエピソードに触れる時、人はかたや「自己中心でありたい」と願い、かたや「自己中でありたくない」と願っていることが分かります。この矛盾こそが、人の尊いところです。仏教では、その尊い要素を「佛性」と言います。
 「私の日誌は介護の一例に過ぎません。それでも皆さんの参考になれば幸いです」と、この度の転載を快諾して下さいました。ありがとうございました。尚、これからも折りを見てご紹介してまいります。
(住職)

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