平成29年12月 NO.294
 先般、毎月慰問伝道に伺っている老人ホームの苑長先生から、いろいろなお話をいただいた。お年寄の中には、排泄機能が弱まっている方がいて、介護師さんに、しばらく下腹を押してもらわなければ、小便の出ない人もいる。大便の方も、お尻に指をさしこんでもらわなければ、排便でいない人もいる。自分では何ひとつ出来ないのに、口を開けば
「オレのような人間がいるおかげで、お前らは給料がもらえるのだ」と毒づく人もいる。そうかと思えば、同じ寝たきりの老人でも、すばらしく心の豊な人がいて、介護師さんから、世話をさせていただくことが楽しいと思われている人もいる。人それぞれの世の中といいながら、この二者の相違はどこから生まれてくるのだろうか。
 誰しも前者のような晩年は送りたくはないはずで、できる事ならば後者の生活を望んでいるはず。人は、見苦しい姿や心を他人には見せたくないもの。心身が健全な間は、自律心や道徳心によって、その人間性を保つことが出来ても、いざ心身のバランスが崩れだした時に、私たちは穏やかな生活が送れるであろうか。
 一般的に「酒が入ると人間は本性が出る」とか「就寝中の寝言は本音である」とか言われる。医学的な根拠は知らないが、酔いや睡眠によって、日頃抑えている感情が顔を出すのだろうと思われている。実際、私自身も酒が入れば小言を言い、寝ている間は、愚痴や怒りの寝言を発していることを自覚している。そういう私と、老人ホームのお年寄を重ね合わせる時に、「オレのような人間がいるおかげで、お前らは給料がもらえるのだ」と毒づいている者は、他の誰でもなく、私自身ではないかと思えて仕方が無いのである。
 江戸後期の高僧「良寛禅師」は晩年、現在で言えば、腸癌のような病に犯され、痛みと苦しみの中で臨終を迎えたと言う。草庵で一人暮らしをしていた禅師は、下の物にまみれた寝床の中で、
「うらを見せ おもてを見せてちる紅葉」と辞世の句を詠まれた。禅師は、人生は暗く見苦しい裏があるからこそ、明るく綺麗な表に感謝できるのである。善きも悪きも全て、如来さまが与えて下さる御旨であると、お説き下さっているのである。
 琴の名手、宮城道雄氏の随筆の中に、琴というのは、その辺にある桐の木を切って造ればよいというものではない。水清く、山高く、できれば朝夕に、お寺の鐘の音が聞こえてくるところで育った桐の木でなければ、本当によい音色はでないという一節がある。人間も桐の木と同じように、よい環境にいれば正しく育つはずなのに、現実の私は、心は無明であり、身体は不浄である。しかし、出来ないからと言って何もしない人生と、出来ないけれど出来ることに努める人生の「結果」は違う。そう教えて下さるのは仏教教主・釈迦牟尼世尊である。《善因善果 悪因苦果》
人間は元来、善でもなければ悪でもなく、無色透明の存在なのだというのが、仏教の人間観。時は紅葉の季節。「オレがオレが」の色のままに秋(人生)を終えるか、「おかげおかげ」の色に染められて終わるかは、私たちの信仰に深く関わってくる。「ただ、念仏を申しなさい」との祖師の教えのままに、共に「ナムアミダブツ」と自らの口で申し、仏さまに染められてまいりましょう。
(住職)
第12回「米一升運動」
 皆さんよりご喜捨いただきました「浄米」約180キロ(総計600キロ)は、グリーンコープと支援団体のご協力で、朝倉市と津久見市の被災地へ届けられました。皆様の善意に感謝いたします。
「ファーストコンタクトはお寺へ」報告
 これまでに「寺しんぶん」でご案内しています「お寺での葬儀」についての現状報告です。
今年に入ってから「4件」の葬儀をいたしました。年間の葬儀が20~30件規模の寺院ですので、去年までの実状から考えれば増えていると言えます。4件のうち弔問制限があった葬儀(家族葬)は1件。他の葬儀は一般的なもの(地域葬)でした。
 ①お寺への初期連絡 4件  ②お寺での枕経 1件(他は自宅)
 ③お寺での通夜 1件(他は自宅)  ④お寺からの出棺 1件(他は自宅)
 ⑤お寺での告別式 4件  ⑥弔問者のバス送迎 2件(手配は業者)
 ⑦お寺での御斎 2件(手配は葬儀社)  ⑧返礼品の利用 4件(手配は葬儀社)
 ⑨献物(花・物)有 4件(手配は業者)  ⑩無常組の加勢 1件(他は葬儀社)
現在の様子は上の通りです。 今後もご案内とご報告をしてまいります。
ファーストコンタクト(初期連絡)は、皆さんの菩提寺へ。
第四回 「法然上人二十五霊場巡拝旅行」
 巡拝旅行を思い立ったのが5年前。その間の詠唱に取り組む講員さんの姿勢や、熱意に只々敬服するばかりです。また、体調の管理、旅費や留守の工面など、5年間に渡る諸々の調整は容易なことではなかったと思います。
 「遺跡巡拝」「詠唱奉納」といった、信仰に根ざしたこの度の旅行。他の観光旅行とは一味違った、楽しみと喜びがありました。八百年前に法然上人がいらした同じ空間で、同じお念仏を称えることが出来たことは、私共にとって幸せでした。今回の旅行で霊場参拝が終わることは、何か寂しいことではありますが、法然上人遺跡は霊場だけではありません。
 「私の遺跡は全国に広く行き渡った方がよい。念仏の声するところ全てが、私の遺跡とすべきです」と、法然上人が申されるように、私共が念仏を申す家庭や職場や地域の全てが、法然上人の遺跡と成えるのです。
 その祖師の言葉を心に刻んで、「法然さまと同行二人」「阿弥陀さまと同行二人」と思い取り、共に念仏を申す生活をおくりましょう。
 何かと行き届かないところばかりの5年間でした。
最後までのご同行、ありがとうございました。
(住職夫婦)

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