平成27年9月 NO.281
わたしたちのねがい(その1)
 お寺で開催している子ども会では、お釈迦さまの教えに基づいた言葉を経本とし、
「わたしたちのねがい」と題して、おつとめをしています。
 その一節に「底ぬけに人を信ずる人間となろう」とあります。人は、自分を守るための手数は惜しまないものです。身体的には大切な時間と財産を使って、健康の維持に努めますし、精神的には、心のダメージをなるべく受けないように、ある時には他人にへつらい、ある時には他人をけん制して自分を守ります。そんな自己保全を最優先する心から「人は信用できない。まずは疑ってかかれ」との思いが、少なからず人の中にあると感じます。そんな私に仏さまが語りかけます。

 底ぬけに 人を信ずる人間となろう
 あの人にも この人にも 太陽にも
 空気にも まもられて生きるわたしたち
 みんなを信じよう
 どんな人にも 美しいことば あたたかい ことばで 話しかけよう
 ほとけさまは 底ぬけに わたしたちを
 信じていてくださる
 ほとけさまのねがいのなかに 底ぬけに
 人を信ずる人間となろう

 致知出版社刊行の「心に響く小さな五つの物語」に収められている、ある親子の話が印象的でした。要約してお伝えしますと
「彼女の家は農家で、もの心つく前に母親を亡くしました。けれど、誠実でやさしい父に育てられた彼女は、さびしくはありませんでした。働き者で人情者の父を彼女は尊敬していました。そんな父が、彼女が高校3生年の時に、居眠り運転のトレーラーにはねられて危篤となったのです。収容された病院で、父は苦しい息の下から娘に言いました。
「これからはお前一人になる。すまんなあ・・・」
「けれど、心配しなくていい。これからは“おかげさま、おかげさま”と心で唱えて生きていきなさい。すると必ずみんなが助けて下さる。“おかげさま”をお守りにして生きていきなさい」
それが父の最後の言葉となりました。
その日から、彼女は、父の遺言を信じ、村人を信じて「おかげさま」と心の中で唱えながら生活をしました。そんな彼女の姿に村人はどこまでも優しく、その優しさが彼女を助け、支えてくれたのです。父の遺言が、彼女の生きる力となったのです。
「人は信用できない。まずは疑ってかかれ」との心を持つ私ですが、彼女の父を信じ、人を信じる人生にあう時に、何故か心がシミジミとします。それは、私のなかに「人を信ずる人間になりたい」との願いがある証拠ではないでしょうか。しかし、これは決して私の手柄ではなく、仏さまの計らいなのです。もったいない限りです。
 ご存知のように、浄土宗を開かれた法然上人の父上の遺言も素晴らしいものでした。父:漆間時国公は押領使という武士でした。法然上人が9才の時、敵対していた一族の夜襲にあい、時国公は非業の最後を遂げるのです。その時、吾子に残した父上の遺言が、吾子の一生を決め、日本の歴史を変えたのです。
「吾子よ、父がこうなったのも前世からの定めで、どうしようもないことなのだ。だから敵を恨んでも仕方がない。お前も武士の子だから、父がこんな死に方をすれば、仇討(あだう)ちをしたいと思うであろうが、それだけはしてくれるな。もし、お前が仇討ちをすれば、今度は向うの一族から敵(かたき)として狙われるであろう。お前にそんな人生を送らせたくはないのだ。どうか、僧侶になって、父の菩提を弔い、敵味方、ともに救われていく仏の道に進んでほしい」
この父上の遺言が法然上人の一生を決めたのです。
法然上人は口癖のように「父の遺言忘れがたし」と申されました。法然上人のご生涯は、父上を信じ、仏さまを信じ、お念仏を申して下さるものでした。その信仰の光は、今なお、私共を照らして下さっています。
 
 子ども会の経本に「どんな人にも 美しいことば あたたかい ことばで 話しかけよう」とありました。使う言葉によって心に変化が起こるということです。決して人に誇れるような私ではありませんが、そんな私でも、仏さまの言葉を使えば、仏さまのような心に近づき、仏さまのような生活に近づくことが出来るのです。法然上人のみ教えに従い、底ぬけに人を信ずる人間になれるよう、浄土への往生を願い、阿弥陀さまを慕い、お念仏を申してまいりましょう。
(住職)

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