平成26年3月11日 NO.274
日本人の親子(その70)
 知人の母上が高齢で寝たり起きたりの生活を送っておられました。若い頃から忍耐強く、また心の優しい方で、子を育てるために苦労をものともせず、懸命に生きてこられました。
 寄る年波、子供さん方の世話を受けながら穏やかに暮らしておられましたが、身体を動かすことも少なく、お通じが悪くなってきました。かかりつけの医師に相談すると、『食事を工夫して、食物繊維を多くとるようにしましょう、さつま芋はとても良いですよ」と勧められます。
 ところがそれを聞いて娘さんははたと困りました。母上は若い頃からさつま芋が好きではなかったのです。料理はとても上手で、あれこれおいしく作ってくれるのですが、さつま芋は自分で食べることはありませんでした。戦後、もののない時代でも、子供さん達は母の分までさつま芋を食べた記憶があります。お母さんはあまり好きではないけどと思いましたが、身体のためだからと、さつま芋をあれこれ食べ易く調理してお膳に並べました。すると母は目を輝かせて、『あら、おいしそう。おイモさんは大好物よ』と大喜び。娘さんは驚いて『お母さん、さつま芋は若い頃から嫌いで食べなかったのじゃない』と言うと、母上はにっこり微笑みながら、
『そりゃ、あんたたちに食べさせるためたい』と笑ったそうです。
 心が幼い間は欲しいものを手に入れることが喜びです。美味しいものが食べられる、欲しかったものを買ってもらえる、何かができるようになる・・・。それは自分の望みが叶う喜びであり、五感を満足させる喜びです。
 やがて心の成長と共に、自らが辛抱しても支えたいもの、苦労をしてでも守りたいものを見出していきます。
 たとえば自分の目や舌を喜ばせることよりも、周りの喜ぶ姿、成長する姿のほうが、喜びが一そう深いことに気づくこともその一つです。家庭はこのようなことを育んでいく場所でもあります。
 上は佐世保市・善隣寺(住職:辻本光信師)の寺報より転載させてもらったもの。住職は五感を満足させるより、もっと深い喜びがあることに気づかせてくれる学びの場所が家庭であると言っています。同感です。自分が犠牲になることで得られる喜びなどは深い喜びの中の最たるものでしょうが、それは家庭生活の中で育てられる。親が一番幸せを感じるのはどんな時か。
 ある娘が母に「母さんが一番幸せな時はいつだったかね」と聞くと、「あんた達が小さくて一番手間のかかった時だったね」という返事がかえってきた。「お父さんと結婚した新婚の時」という答えが返ってくると思っていたのに、そうではなかったというのです。親は子によって深められる。だから「親の恩」があれば「子の恩」もある。恩は一方通行ではなく往復で頂いていくもの。
(閑院)

 お釈迦さまのご説法に、四人の妻を持つ富豪が出てくる。四人の妻のうち、第一妻が最も愛され、何をするのも一緒。第二妻と第三妻はこれに次いで大切にされ、第四妻は一度も愛されることなく家から追い出された。
 その富豪もやがて病み老いて、一人で死んでいかねばならない淋しさや、恐怖の中にあった。その苦しみに耐えかねた彼は、第一妻を呼んで「私と一緒にあの世に行ってくれ」と頼むが、その願いには応えられないと断られた。
 次に第二妻に頼んでみると「第一婦人が出来ないことを何故私が出来ますか」と冷たくあしらわれ、そして第三妻には「墓場まではお伴します」と言われた。頼りにしていた三人から見捨てられた富豪は、かつて追い出した第四妻を思い出し、家来にこれを捜させたところ、彼女は今ではすっかり落ちぶれてしまい、橋の下で暮らす身の上となっていた。
 家来が事の次第を彼女に告げると、「よく思い出して下さいました。私は初めから主人と運命を共にするつもりでした。」とこの願いを受け入れた。富豪は、長い間のひどい仕打ちを彼女に深く詫び、二人は永遠の旅に立ったという。
 経典では、第一妻は「身体」、第二妻は「財産・名誉」、第三妻は「家族」、第四妻は「仏心」だと示している。

  食は一時の飢えをしのぎ
  財は生活の乏しさを補い
  教えは永遠の迷いを救う

 自身内奥の「心のささやき」に耳をかさず、ただ外面の栄えのみを追い求めて、一生を尽くしても欲望は尽きず、気付いた時にはもうおそい。浄土に続く今を信仰の中に生きるか、本能のままに一生を終わるか、今が人生の分かれ道であると、お釈迦さまは説話を通じてご説法下さる。共に仏さまにすがり、永遠の迷いからの救いである「西方浄土への往生」を願い「ナムアミダブツ」と称えましょう。
(住職)

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