平成23年3月12日 NO.261
ナイナイづくし
冷房きかせて 暑さがナイ
暖房きかせて 寒さがナイ
おやつが過ぎて 空腹ナイ
歩かせないで 疲れナイ
おもちゃのやりすぎ 興味がナイ
テレビの見すぎ 考えナイ
何でもホイホイ 我慢しナイ
点数以外は 感心ナイ
わかっちゃいるけど やめられナイ
これではまともに 育たナイ
日本人の親子(その58)
彼女たちの父親は二十余年前、妻と二人の子を置いて新しい女の元に走った。二人の幼い娘はただ泣いた。その二人を両手で抱いたのは二人の娘の母だった。母は二人の娘のためにひたすら働いたので、娘は貧しいながらも道を外れることもなく、まっすぐに育った。けれども無理がたたったのか、二人が成人して間もなく母は他界した。二人は泣いた。そして父を恨んだ。二人は父は絶対に許すことのできない敵だと思った。
ところが母が死んで十年余り経ったある日、二人のもとに驚くべき知らせが届いた。父親が末期ガンで死にかかっているという話だった。二人は迷った。とんでもない父親だった。誰を責めることもなかった母の後ろ姿を見て育った娘ではあったが、しかし容易に許すことはできず、恨み事か、あるいは「罰が当ったんだ」など腹いせに言ってやろうと思って父に会いに行った。
怒り、悲しみ、戸惑う心で病室の扉を開けた二人の前にいたのは、ガンの脳転移でもはや寝たきりとなり、意識もはっきりとしない状態となっていた一人の年老いた男だった。それから二人は一生懸命父の世話をした。数ヶ月後、父の意識は最後までほとんど戻らなかったが、一切手を抜かない見事な介護だった。
自分たちを捨てた父親をなぜそんなに世話できるのか、私は当初不思議に思った。けれども慈愛の表情をもって、もの言わぬ父に優しい目差しをおくる彼女たちは、失われた家族の時間を取り戻しているのではないかと、私はある時、ふと思った。
家族であるゆえに罪を許すことができる。それは誰にもできることではないと思う。しかし彼女らの場合は、その奔放な父親も最後は優しい娘たちの腕に抱かれることになった。かつて母が悲しむ娘たちを抱き、今その娘たちが病んで死にゆく父を抱いたのである。やはり家族でなかったら到底不可能なことであったろう。

以上は緩和医療医として今まで千人もの患者を看取ってきた大津秀一医師の著書「死ぬとき後悔すること二十五」(致知出版)に出てくる実話である。
江戸の歌人・橘暁覧に
  たのしみは妻子うちそろいむつまじく
  頭ならべてものを食うとき
という歌がある。この願いは万人共通の願いだと思うが、その幸せを一方的に破壊した父である。その父の最後に娘たちは、一切手を抜かない見事な介護をした。その娘たちの行動を大津医師は「失われた時間を取り戻している行動だったのではないか」と言っている。私も同感です。これおを念仏者の視点から言えば、彼女たちの行動は、浄土を求める行動だったと言える。浄土とは明正和の三宝が仏の願力で成就された世界を言う。彼女たちの行動は無意識にうちに浄土を求める行動だったのです。彼女たちは無意識にナムアミダ仏と念仏していたのです。
(閑院)
宗祖法然上人八百年大遠忌
■知恩院参拝旅行■
案内しておりました総本山「知恩院」参拝旅行に46名の方がお申し込み下さいました。先般、所用にて本山に上ってみると、大法要の準備が着々と進められておりました。
4月12日、檀信徒皆さんの代表として、宗祖法然上人の御廟にお参りしてまいります。

昨年暮よりかかりました当山納骨堂改修工事。
檀信徒関係業者の皆さんによって改修が進んでいます。外装工事はお彼岸までに間に合いそうです。

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