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◆A子さん
「葬儀は何のためにするのですか?」
◆山寺の和尚
浄土宗祖法然上人さまが80歳でご臨終のみぎり、別れを惜しむ弟子たちに
「私はどこにいくのでもない、仏のみもとに還るのである」 と申されました。これが浄土宗葬儀式(葬儀)の基本概念です。故に葬儀は故人にとっては、み仏に導かれ浄土に往生(往き生れる)するための『旅立ちの儀式』であり、見送る者にとっては、故人との別れを縁として、人生を豊かに歩むための『けじめの儀式』です。 |
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◆B子さん
「一連の葬儀の形式を変えてもいいのですか?」
◆山寺の和尚
葬儀の形式は、時代や地域習慣によっても変化します。しかし、信仰的思慮に基づかず、人間の都合だけで儀式を変えて(簡略化)しまうことは、故人との死別を縁として得た人生回顧の時間を失うこととなり、しいては苦難(生老病死)を越えるための機会をも失うこととなります。その流れは本人だけに止まらず、家族や親戚、人間社会にも波及してしまいます。形式を壊すことは簡単ですが、失った精神更正システムを再び構築することは、大変な時間と努力を必要とするでしょう。共によく考えてみましょう。 |
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