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戦後まもなくのことである。唯物主義を標榜する少壮の学者がいました。彼には一人娘がいましたが、中学生になるその少女が急性白血病になって、わずかひと月ばかりの闘病で、あっけなく臨終を迎えてしまいました。刻々と息の細まる娘を見守っていた父親に、娘さんが必死の力をふりしぼって問いかけてきました。
「お父さん、私はこれからどうなるの」
子供心にも自分の命が危機にさらされていることを感じた娘さんが、父親に問いかけてきたのです。だが、これに対して父は何も答えることが出来なかった。父は人は死ねば畑の肥料と同じになるのであると固く信ずる唯物論者です。でも何故か娘さんには、「娘よ、残念ながらお前は畑の肥料と同じになるのだよ」とは答えられなかったのです。そこでうつむいて黙っていると、娘さんが再び問いかけてきました。
「お父さん、私はこれからどこへ行くの」
その時です。父の口から平素の父には想像もできぬ言葉がとびだしてきたのです。
「お前はなあ、これからお爺ちゃんやお婆ちゃんのところへ行くのだよ。お爺ちゃんやお婆ちゃんはお前が大好きだったから、お前が行ったら喜ぶだろうよ。お父さんもお母さんもすぐ後からお前の行っているところに行くのだから、お前はひとりぽっちになるのではない。淋しがらなくてもいいんだよ」
この言葉を聞いて娘さんは、うなずきうなずき息をひきとっていったという。
死後、お父さんが血を吐くような言葉を述べている。
「余人ならいざ知らず、最愛の娘を心にもない出まかせを言って騙して死なせたと思ったら、私は父として耐えきれない。私はあと何年生きられるか知れないが、残された後の時間は、あの時、娘に言った言葉が決して出鱈目ではなかった、父は心からそう思っているのだと自分で自分を納得させる為にあるのだと思っている」 |
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娘の臨終の時の問いかけに、このお父さんは平素考えてもいなかったような言葉が口からとび出してきました。おそらく苦しまぎれに、とっさに答えたのでしょう。しかし、心ならずも言ったにせよ、それで満足して死んでいった娘のことを思うと、彼はその言葉の重たさにうろたえたのにちがいありません。自分の今までの主義主張は何だったのかと、うろたえたのにちがいありません。
阿弥陀経に倶会一処という言葉が出てきます。「倶に一処(に会(う」と読みます。佛の国で懐かしい人たちと再会することをいうのです。こういう言葉は平素なんとも感じないものですが、人生の危機に遭った時には重い意味をもつ言葉になるものだと思います。倶会一処と思うことが、人生の安らぎになっていくのです。 |
| (閑院) |
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