平成21年7月12日 NO.252
日本人の親子(その50)
平安中期の女流歌人であり、貴族たちと次から次への恋愛で情熱的な歌を数多く残している和泉式部には、小式部という一人娘がいたが、その子が流行病であっけなく死んだ時には気も狂うばかりであった。そんな中で彼女は次のような二首の歌を詠んでいる。
子は死してたどりゆくらん死出の旅
  道しれずとて帰りこよかし
人は死んだら黄泉という真っ暗な道をトボトボと歩いてゆくと聞いているが、小式部が「お母さん、道がわからない」といって帰ってきてくれたらいいのに・・・という親心を詠んだものです。
もう一首は、
もろともに苔の下には朽ちずして
  ひとり憂き身をみるぞ悲しき
この母はわが子から先立たれて、こんな悲しい思いを毎日している。こんな事ならお前と一緒に死んで、石碑の下に冷たく苔むした方がはるかによかった・・・という嘆きの歌です。
掌中の珠とも思う愛娘に先立たれた和泉式部の身もだえするような嘆きが伝わってきますが、そのような悲嘆の中で、和泉式部は当時、西の比叡といわれていた霊地、書写山の性空上人という高徳の僧の教えを受けるようになります。そして何年か後、次のような歌が生まれました。
仮にきて親にはかなき世を知れと
  教えて帰る子は菩薩なり
あの子はなるほど私の生んだ子ではあるが、ただの子ではない。小式部はお浄土の阿弥陀さまが菩薩をおつかわしになって、菩薩さまが私の汚い肉体からお生れになった仮の姿なのだ。そしてこの母親に、
「お母さん、人生というものには真に頼りうるものはなにひとつないのですよ。親が頼りにならない、子が頼りにならない、夫が頼りにならない、妻が頼りにならない、お金が頼りにならない、名誉や地位が頼りにならない、この世に頼りになるものはなにひとつない。そういう頼りにならないものを頼りにしていると、いつも泣かなければならない時がくるんです。真に頼りになるのは阿弥陀さましかないのだから」
そのように教えてこの母親に掌を合わさせ、南無阿弥陀仏と仏の名を呼ばせて、本当の人生の目的に目覚めさせるため、小式部は親に先立ってお浄土に帰ったのだ。そのように気づいた和泉式部は、いたずらに愛娘の死を嘆く心境から脱して、わが子に感謝する人になることができたのです。
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「青い稲葉はその中に白いお米をみのるため、死ぬるからだはその中に死なぬいのちをそだつため」と仏教聖歌にあるが、人生の目的は、この身体を養うためにあるのではなく、死ぬる命の中に死んでも死なない生命のあることを自覚できる人になるために生きている。それが仏教からみた生きる目的。和泉式部は愛娘の死の中に永遠の生命を感じる人になったのである。
(閑院)

世間ではメンボクといい、「面目ない」「面目まるつぶれ」などという。
本来は仏教用語でメンモクといい、人間の本性をいう。人間の本性は宇宙の大生命と一体で、本来は、迷いもなければ汚れもない。人間の感覚器官(眼鼻耳舌身意)が汚れているために「面目ない」という現象が起こる。

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