平成21年3月7日 NO.250
日本人の親子(その48)
ねえ、お父さん。
生きていきましょうよ。
こんな子をさずかったおかげで、
だれも歩むことのできない人生というものを
知りました。
それでよいではないですか。
この子がわたしたちの前にあらわれてから、
壁のカレンダーを十数回も掛け替えました。
でも、この子はいつまでも三歳です。
可愛いではないですか。
ねぇ、お父さん、
それでよいことにしましょうよ。
右はあるお母さんの詩です。どんな人か私は知りません。ただわかっているのは四十八才で知的障害児のお母さんということだけです。
私はこれを読んで昔見たテレビドラマを思いだしました。さる大会社の中間管理職の夫がいて、その妻を演じていたのが高峰秀子さんです。恵まれた境遇の中にいながらも二人には満たされないものがありました。それは子宝に恵まれないということです。二人は養子をもらうことに決めて施設をたずね、可愛い赤子をもらってきます。それから二人の生活は一変しました。夫は早々と帰宅するようになり、妻は育児にイキイキと輝くようになりました。そうするうちに二人にふと不安が頭をもたげてきました。赤子が時が経っても光に反応しないのです。専門医にみせると絶望的な告知を受けました。生まれつきの視覚障害児だったのです。それから二人の迷いと苦悩が始りました。もとの施設に返そうかと何度も思いました。そうして悩んで悩んでいくうちに二人の進む道が見えてきたのです。
「これが自分の子だったら目が見えないからといって施設には入れない。わが子にしたつもりなのに全然わが子になっていないじゃないか。これからは二人がこの子の両眼となって、この子を本当の吾子にしていこう」
この詩の作者のお母さんも、希望の子が三才児どまりの知能の子とわかった時、どれだけ悩みに悩んだことでしょうか。この詩には与えられたものを素直に受けとることのできたひとの安らぎが表れています。

中国の唐代に趙州(じょうしゅう)という名僧がいました。そこへある人が来て「和尚さん苦しいことがやってきました。どうしたらいいでしょうか」という相談です。すると和尚は「恰好(あたかもよし)」とだけ言いました。
「そりゃよかった。待っていましたわい」という意味です。するとその人が「苦しいのに、どうして待っていましたですか」と問うと、和尚は「それだから、あたかもよしなのじゃ」と答えました。人間として恰好がついたということなのでしょう。要するに逃げずにその苦しみをしっかり抱いてゆくのがよいという教えです。
この詩には、逃げずに苦しみを抱いていく人の不思議な安らぎと強さが感じられます。それが私を感動させるのだと思います。
(閑院)

現在では「もってのほか」と相手を非難する際に用いるが、もともとは「言語では表現できない深い真理」を言ったもので、立派な仏教語。
「道」は「口で言うこと」の意。

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