遠く大分から石巻をご心配いただき感謝いたします。あの日、何もかもなくし、ひとりになりました。時間が過ぎても寂しさ悲しさは増すばかりです。でもたくさんの人が私達を応援して下さってます。頑張って生きます。ありがとうございました。

津波で両親が亡くなり、自宅も流されました。今は転勤で秋田に住んでいます。「大分米一升運動 離れていても祈っています」とかかれたお米を頂きました。大変元気づけられました。毎朝お供えさせて頂きます。ありがとうございました。

今回の震災で全国の皆さまには大変お世話になりました。又、石巻の西光寺様よりたくさんのお米をいただきまして有難うございます。家族七人無事であることがなによりでした。今は家も墓も流されて、仮設生活をしています。皆様のおたすけで、前に進みたいと思っています。大分県蓮華寺の皆さま、ありがとうございました。仮説で二人生活でがんばってます。(82歳)

石巻市の西光寺さんで昨日お米をいただきました。西光寺さんでは毎月十一日の月命日に「蓮の会」という集いをしていまして、今回、初めて参加しました。まだまだ多くの方々に支援して頂き本当にありがたいです。私は津波で家、経営していた水産加工会社、そして最愛の主人を亡くし、まだまだ先に進めていませんが、何とか生きています。本当にありがとうございました。

この一年八ヶ月、毎月十一日に西光寺様で木魚を三十分たたいて、亡き夫の供養をするのです。今日は、お参りのあと和尚さんから「大分から米が届いたので食べて下さい」と云われました。私は七十二歳で夫を亡くして一人です。毎月供養に行って墓参りをして、ようやく九月二十三日に新しい墓ができて納骨できました。自宅は自転車で三十分かかるところですが、ありがたくお米をいただいて帰りました。今は家も夫も思い出の品も皆なくして、毎日のように涙を流しているのです。夫が身につけていた腕時計は私がかたみとしてつけています。息子と孫にもお米を分けてやりました。本当にありがとうございます。

心づかいありがとうございます。私は現在実家の倉庫を使わせて頂いて生活しています。仮設でないので支援はありません。毎月十一日、西光寺さんで息子の事を想いながらその日だけ向き合う感じです。毎日その現実に目をつぶっています。西光寺さん全国のお寺さんに感謝しています。

十一日の月命日に、西光寺様にて蓮華寺様の暖かい心づかいを頂戴いたしました。私の娘は宮城県石巻市立大川小学校に勤務中に被災しました。以来、西光寺様の暖かい心づかいに前向きに進もうとしております。今は南無阿弥陀仏と念仏一会。朝夕念仏をとなえ阿弥陀様におすがりしております。ありがとうございました。

先般、西光寺さんよりお米をいただき、大変助けられました。家も全部流されて服もないので、お米を買うはずのお金で服を買いました。本当にありがとうございました。